林真理子「ウエディング日記」貧しくなった日本

貧しくなった日本、認めれば前に進める

林真理子さん1991年出版の本

30年前日本に「貧困問題」はなかった

大学時代、林真理子の本にはまっていました。

↓↓林真理子の本の紹介は前にもしています

林真理子ってどんな人?今は?とにかく昔の彼女は嫌いになれない

https://renagarden.com/book-hayashi/

今、彼女は、政権寄りで弱者の敵と非難される事もあるようです。本当はどんな方なのか、知り合いでもない私には全くわかりません。

ただ、文才は間違いなくあると思います。何故って彼女の本はスルスルと楽しく読めてしまうからです。

寝る前の一時の時間つぶしにと、1991年出版の林真理子作「ウェディング日記」を本棚の奥から取り出してきたのは、彼女の本なら読みやすく、ベッドの中でリラックスできるだろうと、わかっていたからです。

読書

30年前の日本と今の日本は違う

でも10年以上ぶりに、この本を読んで驚きました。30年前の日本と今の日本が違う事に気づかされたからです。

30年前、日本のかかえる問題の中に「貧困」とか「貧困家庭」という言葉はありませんでした。

30年前日本人は総中流意識

30年前ごろ言われていたのは、「ほとんどの日本人は、自分や自分の家庭は中流だと思っている」という事でした。「一億総中流意識」なんて言葉もありました。

みんな結婚してマイホームを買って、子供が二人くらい、母親が作る朝食と夕食を食べて、子供はきちんと学校へ、父親はきちんと会社へ。そんな家がほとんどだった。

この「日本人の中流意識」はバカにされる側面もありました。ヨーロッパやアメリカじゃあ、夏のバカンスを長くとり、家族と共に海辺で1か月なんて事している、それに比べたら、せせこましく働いて、狭い家に満足している日本人が「中流」だなんておこがましい、というのです。

確かにそうかもしれません。

でも、親にちゃんとめんどうを見てもらえない子供、家庭では朝食、夕食にありつけない子供、大学や専門学校で学ぶための奨学金の返済を、安い給料の中からしていて生活苦の若者。親が失業者となり、または親に放棄され、遊ぶためでなく、生活のためにバイトをする学生、そんな今の日本では少しも珍しくない話、30年前の日本では、滅多に聞かない話だった。

その事を、この「ウェディング日記」を読んで思いだしたのです。

本

林真理子「ウェディング日記」

女ならではの結婚あれこれを楽しめる本、のはず

30年前、女は結婚を華々しくするものだった

この本は1990年に結婚した林さんが、結婚までのあれこれ、結婚式や披露宴、新婚生活についてつづったエッセイ集。

当時の彼女の立ち位置は、本はよく売れお金はある、けど太っているせいで「ブス」といわれ、女としての立ち位置はあまり高くない、そんな感じでした。(失礼な事言ってすみません)

ずっと結婚したくても出来ない女と揶揄されてもいました。仕事が順調な事へのやっかみも加わっていたでしょう。

結婚ブーケ

でもやはり才能のある方、魅力があるのでしょう。中々良さそうな方と結婚。「ずっと結婚したいって騒いでいたんだから、結婚式も披露宴も豪華に」「こんな新婚家庭やってみたかったんだから」というあれこれが、彼女の文才で楽しく描かれている。

そう、軽い気持ちで読める楽しい本。私がこの本を買った30年前は、確かに問題意識など一つも持たず楽しく読んだものでした。

彼女はさすがお金持ち、ウエディングドレスは、一流デザイナーのオートクチュール、披露宴はトゥール・ダルジャンを借り切って。

それも自分の稼いだお金でやる事だから、文句言う相手をねじ伏せる感じ。それが、女ながら男と同等に仕事が出来るようになりたい、と思っていた若い私には痛快。

そして、心のどこかで思っていました、「私は林真理子ほどお金は稼げない、だからそこまで出来ないなー。でも本気で頑張ってやろうと思えばできるかもしれない。」

婚約指輪

30年前、のんびりしていても貧困におちいりはしなかった

それは確かに、私が男女差別のない資格に基づく職業、歯科医師を目指していて、女としては平均以上稼げるだろう、予想があったからかもしれません。

でもあの頃を思い返して、「林真理子ほどは無理だけど、もしかしたら近い事はできるかもしれない。」と、何となくみんな思っていたのではないでしょうか。

自分で稼ぎ出すのは無理かもしれないけど、親がだしてくれるかも、そこそこ高収入の男性と結婚できるかも。

私達が若かった頃、親が貧困という家庭は滅多になく、トゥール・ダルジャンは無理でも、何百万円のホテルの結婚披露宴代を親が支払うのは平均的だった。

専業主婦の家庭が一般的、という事は裏返せば専業主婦でやっていける家がほとんどだった。

母親が専業主婦で、稼いでなくても、ちゃんと家があり、3食食べれるは当たり前、高校を卒業した後の学費も親がだしてくれる、それが、上層の富裕層でなく、大多数の一般家庭だったのです。

「ウェディング日記」では「お前はがさつだからお茶でも習わせようと思っている」と高校時代、父親に言われた、とか、ニューヨークでシャネルやアルマーニを買うなんて得じゃない、やはり産地ブランド、ドナ・カランかラルフ・ローレン、なんて文もでてくる。

実際、私の子供~若い頃、女の子は花嫁修業にお茶やお花を習う、なんて話題は、全く普通レベルの家でも時々あったし、私自身、「遊ぶお金はバイトでなんとかしろ」と親に言われた普通の大学生だったけど、海外旅行にいってディオールやシャネルを買ったりしていた。

だから、当時この「ウェディング日記」を読んでいても、うらやましいとは思いこそすれ、問題意識などもたなかった。

貧困が身近に

でも今は。両親共働きの家でも、「大学へ行きたければ奨学金で行け」と言われ、卒業後、その返済に若者は苦しむ。奨学金の返済くらいどうって事のない、と思えるような給料を稼げない。

家で満足に食事できない子供のために「こども食堂」が作られ、それが決して珍しくない。

今、この林真理子の「ウェディング日記」を、30年前の私のように、のんびり読める若い女性は本当に少ないのでは、と思います。

この作品にただよっている、自分の稼いだお金でぜいたくをする、楽しさ、明るさ、そういうものって、もう日本には不似合いになっている。

本というものは、同じ本でもそれを読んだ年齢によって、違う感想を持つ事があり、そこが楽しい。本好きの私はそれを知っていました。

でも、この「ウェディング日記」を読んで、そういう事が起きようとは想像もしてなかった。

30年前、これを読んだ時の気楽な気持ち、それがまた再現される、としか思っていなかったのです。

にほんブログ村 本ブログ 本・読書情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ
にほんブログ村

↑よろしかったらお願いします。

 【a】Uber Eats オーダープログラム

ツィッターで食べ物の事メインにつぶやいています。このブログを読んでくださる方のつぶやきもききたいです。

↓ ツィッター

https://twitter.com/@RENA87614032



2 件のコメント

  • 30年前と今の日本でもうこんなに変わってるのですね。これから先、日本はどんな感じになっていくか気になります。

    • おとなっぽいコメントですね。おいくつ位の方ですか?
      でもひょとして高校生ぐらいかな。高校2年生くらい?

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。