「赤毛のアン」不幸に毒されない

赤毛のアン純粋でまっすぐな心

「赤毛のアン」どんな本?

映画化された事もあり、日本ではアニメ化テレビ放映もされている

作者

カナダ人、ルーシー・モード・モンゴメリー。1874年生まれ。日本では江戸時代が終わり、明治時代が始まった頃。

移動手段は馬車、女の人はみんな、すそが、かかとまでの、長いドレスを着ている。アメリカ、ヨーロッパではまだキリスト教が深く信仰されていて、生活の基礎となっている。そんな時代。

ストーリー

アンは生まれてすぐ両親を亡くす。近所の人の家を転々として育ち、最後は孤児院で暮らす事に。

その後、ちょっとした手違いで、マシューとマリラという、未婚の兄妹で暮らす農家、グリーンゲイブルズにひきとられる。

この本は、その後、マシューとマリラの元で、学校に通い、友達を作り、家事をおぼえ、成長していくアンの姿を描いたもの。

子供の時も、おとなになっても楽しめる本

女の子の好きそうなものがちりばめられている

花模様のドレス、手作りのパイやケーキ、お茶会、美しい花畑、女の子が好きそうな物が次から次へとでてくる。

描かれている事柄も、家族や友人とのあれこれ、学校での出来事。小学生が読んでも理解し共感できる事柄がほとんど。

内気だけどアンの一番の理解者マシュー、厳しいけれど本当は優しいマリラ、朗らかで善良な親友ダイアナ、イケメンで頭の良い男の子ギルバート。どの登場人物も、理解しやすい。

図書館へ行くと、「赤毛のアン」は児童図書のコーナーに置かれている。私も夢中になって読みふけったのは小学生の頃でした。

「牧師夫妻を招いたお茶会で、テーブルをシダとバラで飾り付け、用意するごちそうは、ひな鳥のゼリー固め、コールドタン、赤と黄色のゼリー、レモンパイ、チェリーパイ、クッキー3種、フルーツケーキ、パウンドケーキ、レヤーケーキ、ビスケット」そんな文章を夢中になって読んだものです。

お茶会

「赤毛のアンの手作り絵本Ⅰ~Ⅲ」

ちなみに、「赤毛のアン」に満ちている、手作りの世界にひかれる人はたくさんいるらしく、「赤毛のアンの手作り絵本Ⅰ~Ⅲ」という本まで出版されている。

作品中にでてくる、ケーキや刺しゅうしたハンカチなどを、何人かの料理研究家、手芸家が想像して作り、作り方を紹介している本。

私は高校時代、その頃の自分にとっては大金の7500円をだして、この本全巻を買いました。

↓1巻は在庫なしの絶版で古書しかないらしく、こんな高額に

↓2巻、3巻は在庫があるようで普通の値段

「赤毛のアン」は、少女の心を魅了するコンテンツがいっぱいつまった作品なのです。

不幸に損なわれないアンの純粋さ、善良さに心うたれる

でも、おとなになって、この本を読み返してみると、また違った感想をもちます。

不幸な身の上

アンがグリーンゲイブルズに引き取られたのは11歳の時。それまでは、ほとんど不幸といってもいいような生活だった。今でこそ、子供の人権が叫ばれ、子供の保護の大切さは誰もが認めている。けれど150年前はそうじゃなかった。

両親を失ったアンは、近所の人にひきとられて育つけれど、決してその家の子として大事にされた訳ではなく、「養う義務のないのに養ってあげるのだから、家や家族の仕事を手伝って役にたたなくてはならない。」という状況で育つ。その家の都合で「もう育てられない」と放り出される。

昔の孤児院は善意の寄付でなりたっていた。ある布地屋さんが、売れ残った、あまり質も色も良くない布を孤児院へ寄付する、その布で全孤児の服がつくられる。体が大きくなって服がきつくなっても、着られるだけ着る。

マシューとマリラは、本当は孤児院から男の子をひきとるつもりだった。手違いでやってきたアンをいったんは返しにいこうとしますが、そこで、「実はここに女の子をほしいといっている人がいるから。そっちへアンをやってはどうか」とブリュエット夫人という人を紹介される。

その人も決して自分の娘としてアンを引き取りたいわけではなく、自分の子供がたくさんいて、子育てと家事にてんてこまいなので、その手伝い役としてアンをほしがった。

今でもそうなのかもしれませんが、幼くして両親を失った子供というのは、中々あたたかい保護をうけられない。

けれど、アンの上には、そんな不幸が少しも陰をおとしていない。登場してきた初めから、本当に素直。

嬉しい時は嬉しいといい、悲しい時は悲しいという。

マシューとマリラに自分を引き取ってほしい時、ダイアナと友達になりたい時、率直に「私を、ここにおいて、友達になって、私を好きになって。」という。

自分の愛する人の助けになりたいと、心から願い努力する。

不幸な子供時代だったときいて、私達が想像するのは、上目遣いに人の顔色ばかりうかがう、とか、ひねくれて心を開かない、とかそんな感じ。でもアンの中にそんな陰は少しもみえない。

素直さ純粋さが愛をよぶ

恵まれた家庭で育てられても、ちょっとした出来事が心の傷となって、後々まで引きずってしまう事がある。

好きな人がいても、「もし拒否されたら」とプライドが傷つく事を恐れてなにもできない。誰かの手助けをする時、本当にその人を救いたいというよりは、「そうする事が自分の義務だから」という気持ちの方が勝っていたりする。

けれど、「あなたが好きなの、私と一緒にいて。」と素直にいえる人の方が愛を得やすいし、「やるべきとか、そんなんじゃなく、助けずにはいられない。」と思って行動する人の方が感謝される。

もしかしたらアンはそのまっすぐな心のおかげで、他人の家をたらいまわしにされても、孤児院でも、それなりに愛されていた、性格がゆがむほどのひどい待遇は受けなかったのかもしれません。

本

第2巻以降の平凡さ

「赤毛のアン」シリーズは1巻から10巻まであり、世界中に知れわたって有名な少女時代は第1巻におさめられた部分。

不幸な育ちながら純粋で善良で努力家アンにみんな感動する。そしてアンの青春期からを描いた第2巻以降でも、相変わらず、手作りのお菓子、ドレス、花はふんだんに登場してきて、少女だった頃の私はやはり魅了されていました。

でもおとなになって読み返してみると、第2巻以降はそれほどひきつけられない物語である事に気づかされます。

第2巻以降のアンには、もう欠けるものがないのです。「赤毛でみにくい」と悩んでいたのがいつの間にか、美しくなり、たくさんの男性に心をよせられる。初めから勉強はできたけれど、スランプに陥る事もなく、どんな上級校へいってもトップ。友達多数。

そしてかつては、どこの誰ともしれなかった孤児が、れっきとしたグリーンゲイブルズの娘、という地位を獲得し、みんなに認められている。

相変わらず性格に、みにくい点はないけれど、「これだけ恵まれれば、良い人間にもなりやすいでしょうよ。」と言いたくなる。

でもやっぱり名作

ただいずれにしても、私達はイヤな事、不幸な境遇を乗り越えて、それに毒される事なく、純粋でまっすぐで善良である事は、簡単ではないと知っている。

いや境遇に関係なく、誰にとっても非常に難しい。だからこそ、少女アンに魅了されるのでしょう。

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